屋内でも現在地が正確にわかる。新しいインフラづくりを目指して

屋内でも現在地が正確にわかる。新しいインフラづくりを目指して

大きな駅や商業施設を訪れた際、目的地にたどり着くまでに遠回りをしてしまう、あるいは出口がわからなくなってしまうという経験はないでしょうか。屋外であればスマホで簡単に道案内をしてもらえるのに、屋内ではそれができない。そんな課題を解決するのが、「iPNT-KTM(アイピントケイ)」というシステムです。

すでに設置されているWi-Fi機器を利用することで、人やモノの位置がわかる。その情報から、マーケティングや、人の流れの把握・管理など、さまざまな場面で活用できます。

システム実現への最も高い壁は、制作コストを抑えることでした。テクノロジーの進化が極まる現代社会に、新たなインフラをつくる。当初、光の見えなかった挑戦には、どのようなストーリーがあったのでしょうか。

低コストで導入できる屋内位置情報サービス

「iPNT-KTM」とは、どんなサービスですか?

勅使河原 例えば、カーナビやgoogleマップなど、屋外で自分の位置を知るためのシステムには、GPSで知られる衛星測位システムが使われています。現在は非常に高精度になっていて、数メートル前後の単位で位置を把握できます。一方で、屋内では位置情報が大きくずれてしまうという問題があります。

「iPNT-KTM」は、その課題を解決するシステムです。一番の特徴は、屋内や地下空間で使用されている既存のWi-Fiを利用して、人やモノの位置測位ができることです。スマートフォンやロケーターから発信される電波を利用し、誤差3メートルから5メートル程度の精度で把握できます。ロケーターとは、スマートフォンを携帯しなくても位置が把握できるように、モノにつけたり持ち歩いたりする小型端末のことです。

二井田 既設Wi-Fiの電波を分析して測位できるため、測位環境を構築するためにビーコン等のハードウェアを新設する必要が無く、低コストで導入できることが特徴の1つです。

なるほど。具体的にはどんな活用方法が考えられるのでしょうか。

勅使河原 例えば、駅や空港、商業施設などでの現在地表示です。ユーザーはルート検索機能を搭載した「iPNT-KMAPTM」をスマートフォンにインストールするだけで、リアルタイムな位置情報を把握できます。施設側はお客様の位置情報のデータをもとに、陳列棚に置く商品を変えたり、お客様のスマートフォンにお店のクーポンを配信したりといった、マーケティング施策に活用できます。

二井田 医療機関やオフィスなどにも、ご利用いただけます。例えば総合病院など大きな医療機関では、診察を受ける際、次にどこへ行けばいいのかと迷われる人もいるそうです。そうした場合、iPNT-KTMを利用することで院内のナビゲーションができ、迷わずに移動できるようになります。

また、高額な医療機器を多数使用している医療機関では、その管理が重要です。ロケーターを機材に取付けることで事務所に居ながら位置情報を把握することもできます。企業のオフィスでは、社員の勤怠管理や位置情報の把握にも活用できます。

iPNT-KT

事業パートナーの熱量に動かされ挑戦を決意

このサービスを開発するきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。

勅使河原 このシステムは、当社の事業パートナーである川崎重工業様とのプロジェクトで開発しました。川崎重工業様は、鉄道、船舶、ロボットなど、さまざまな分野でものづくりをされている企業です。当社とのお付き合いは、60年ほどになると思います。

10年ほど前、ニューヨークで川崎重工業様のある担当者の方から、地下鉄にデジタルサイネージをつける事業をご依頼いただき、一緒にお仕事をさせていただきました。その後、お互い別々の時期に日本へ帰国したんですが、しばらくして兵庫で再会したんです。その際、新たに屋内での位置測定のシステムを開発したいというご依頼を受けました。

二井田 近年、屋内位置情報測位におけるサービスは、ライフスタイルの変化の観点から需要が高まっています。国内市場規模は2035年に1兆1700億円に成長すると予測されていて、そのインフラとなるサービスを展開したいと考えていたそうです。「誰もやろうとしていなかったことに挑戦したい」という熱意をお伺いしたとき、これは将来社会に大きな変化をもたらすような仕事になるのではないかと思いました。

それまで、なぜ世の中に同様のサービスがなかったのでしょうか。

勅使河原 システム開発で困難だったのは、ソーラー型のビーコンの製作です。ビーコンとは、Bluetoothの信号を使って情報を発信する端末のことです。建物内にビーコンを複数設置しておくことで、顧客の傾向を把握したり、クーポン情報を届けたりできます。

社会インフラとして広めるためには、安く簡単に、誰もが使えるようにする必要があります。一般的なソーラービーコンの市場価格は1万円弱ですが、この金額がネックになります。ビーコンは1つ2つあればいいということではなく、目的によってはたくさんの数が必要になります。川崎重工業様は一般的な相場より、かなり低い予算での製作を希望されていました。

二井田 お話をいただいたとき、正直、要求内容を考えると製品化は無理だと思いました。ですが、川崎重工業様のご担当者の熱意を受け、チャレンジをしてみようと決心いたしまた。

勅使河原 川崎重工業様にとっても、こうしたサービスの開発は主軸事業ではありません。開発のためには自社の経営陣を説得しなければいけない。それができないのであれば、川崎重工業様本体からスピンオフをして会社を立ち上げると仰います。その熱量に私と二井田は共感し、一緒に事業を進める決意を伝えました。

二井田 私たちが求めるソーラービーコンをつくってくださるメーカー様を見つけるまで、困難の連続でした。まずは、そのコストで製作するための回路図が必要です。100円均一で買った安いソーラー型のLEDライトを分解するなど、思いつく限りの手段で研究しました。

その回路図を持ってメーカー様を30社以上訪問して回りましたが、どの企業にも断られてしまう。中には、説明を始めて5分で断られることもありました。その理由は、やはり技術面やコスト面から難しすぎるといったことが大半でした。

さすがに諦めの気持ちが出そうになったとき、最後に訪問した大阪のあるビーコンメーカー様が手を挙げてくださいました。やっと見つけたメーカー様と共に、ビーコンの開発を進め、2年かけてようやく形にすることができました。同じ目的を果たすビーコンは数多くありますが、ここまでコストを絞ったものは他に無いと思います。

iPNT-KT

自分の仕事で社会に貢献し、会社に利益をもたらせる

開発に成功した後は、順調に売っていくことができたのでしょうか。

勅使河原  iPNT-KTMの開発は、新型コロナ禍の真っただ中にスタートしました。ビーコンをつくるためにはICチップ類の半導体が必要ですが、パンデミックの拡大で半導体需要が世界的に急増していて、すぐに入手できない状況でした。半導体メーカー様から提示された納品までの期間は1年です。ビーコンの量産には、数千万円単位の半導体の発注が必要です。本当に売れるかどうかわからない中、営業としての覚悟を決めなければいけませんでした。

二井田  それに、当社では製品を扱うことがメインで、サービスを売る例はあまりありませんでした。どうやって販売につなげていくか社内で営業戦略を練り、川崎重工業様と協力しながら徐々にサービスを広めています。

自社が慣れていないものを売るために、どんな工夫をされていますか?

勅使河原  さまざまにありますが、一つはお客様に与えるイメージですね。例えば、いままでにないシステムを紹介するため、商品を紹介するチラシにはイラストを多用して、ビジュアル的に表現しています。イラストとして登場する「ニシヤマくん」は、当社の社長をイメージして作られたキャラクターです。最初は社長に怒られるのではないかと思っていましたが、二井田が直談判をして、キャラクターに採用となりました。

二井田 お客様にiPNT-KTMの説明をする際、専門的な内容が多い堅苦しいパンフレットを見せても、なかなか理解していただけない。そう考えて、視覚的にわかりやすいもので、イメージを膨らませていただけるように考えました。

サービスの開発を振り返って、どう思われますか?

勅使河原  私たちの事業は、エネルギーや鉄道などといったインフラ関係を主軸としています。iPNT-KTMのお話をいただいたのも、社会インフラとして構築していきたいという川崎重工業様のお考えとマッチしていたからでした。このサービスが社会インフラとして確実に浸透し、将来当社にとって大きな利益をもたらすと思っています。いつか家族に「このサービスは川崎重工業様とニシヤマが作ったんだよ」と言えればいいですね。

二井田 このサービスを開発する過程では、乗り越えなければならない課題が多く大変でした。でも、難しいと感じる仕事の中には、原動力となる要素が隠れています。取り組んでいる最中は苦しい部分がありますが、振り返ってみれば、さまざまな知識を蓄積し、成長へと繋がっていると思います。

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